最初は22歳の就職活動で、右も左もわからぬまま、その時期が来てしまつたから、しかたなく慣れないスーツを着て試験を受けに行き、気がついたら新聞車に決まっていた。今考えても、自分が合理的な活動をしたとは思えない。最初はテレビ局を受けて全滅し、次に、新聞志望なのにトップ企業の朝日新聞は受けず、記者職だったら、雑誌を発行する出版社も就職先として考えられるのに、まったく視界に入らなかった。後に転職するコンサルティング業など存在すら知らず、マスコミ以外は一切受けず。
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ようするに私が無知だったわけだが、相談できる人もおらず、書籍など適当な情報源も見あたらなかった。日本経済新聞の試験日は天気のよいゴールデンウィーク中だったから、当日の朝に後輩から海に行かないかという電話があり、ウィンドサーフィンに行くか筆記試験を受けるか、一瞬、考えたほどだ。試験では作文も論文も、すらすら書けた。新聞は1年前から切り抜いて整理し、しっかり読んでいたので、一般常識も解けた。面接は圧迫面接のはずがそうでもなく、あっけなくおわり、当時としては早い6月4日に内定がでて、けっこううれしかったのを党えている。ただ、それが本当によかったのか、今もってわからない。全力をつくしたともいえないし、検討すべき選択肢をしっかり検討したともとうてい、いえなかった。新聞業界や各新聞社のカルチャーなど、何も知らないままに、決めてしまった。ほとんどあてずっぽうといえる。